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わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (中公文庫)

によって 塩野 七生

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ペーパーバック : 629ページ ページ
作者 : 塩野 七生
出版社 : 中央公論社 (1992/10)
コレクション : 本
ISBN-10 : 4122019451
フォーマット : 文庫
発行日 : 1992/10
平均的な顧客フィードバック : 5 5つ星のうち(18人の読者)
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「四十四歳の男にとって、職を解かれるということは、どういう意味を持つのであろう。生計をたてる必要はもちろんあったが、それだけではなく就職した職場、その職場を四十四歳になって突然追われたら、どのような心境になるものであろうか。マキアヴェッリは、二十九歳の春からこの年までの十五年間勤めてきた、フィレンツェ共和国第二書記局書記官の職が気に入っていたのである。出張経費の少なさに苦情を言いながらも、自分のしている仕事が心から好きだったのだ。それを、汚職をしたわけでもないのに、仕事に手落ちがあったわけでもないのに、突然解任されたのである。共和政体が崩れ、かわりにそれまで追放されていたメディチ家が、政権に帰り咲いたからであった。しかも、彼にふりかかかった災難は、これで終わったのではない。翌年、反メディチの陰謀が発覚したおり、それに加担していたという疑いで牢獄に投げ込まれ、一ヶ月半の牢獄生活を強いられるという不幸まで加わった。牢ぐらしが一ヶ月半ですんだのは、メディチ家のジョバンニ好枢機卿が、レオーネ十世として法王に選出されたからである。はじめてのフィレンツェ出身の法王の誕生に、フィレンツェ人は、メディチ、反メディチのちがいも忘れて狂喜する。マキアヴェッリが出獄できたのは、罪が晴れたというわけではなく、レオーネ法王即位を祝う大赦によってであった。だが、この災難のおかげで、書記官解任だけならばフィレンツェ市内に住みつづけることもできたマキアヴェッリも、法的な処置ではなかったとはいえ、自発的な追放生活を選ばざるをえなくなったのである。一五一三年四月、彼は家族とともに、サンドレア・イン・ペルクッシーナの山荘に向う。望みもしない隠遁を強いられたのは、四十四歳になる一ケ月前であった。「君主論」執筆を告げる親友ヴェットーリへの手紙は、その年の十二月十日に書かれている。「隠遁生活」は、八カ月目に入っていたのである。ダンテに追放なくば「神曲」は生れず、マキアヴェッリにあの災難が降りかからなければ、「君主論」は生れなかった、と人はいう。たしかにそうではあったろうが、当人にしてみればどんなものであろう。そうそう簡単に、不運は傑作の母であるなどとは、言っていられない想いではなかったろうか。(中略)後世の人々がこんなことをいっていると知ったら、それこそ二人の口からは、後世のわれわれの身が引きしまるような言句が、ほとばしりでたにちがいない。だが、二人とも、それに類した言葉を残していない。「神曲」も「君主論」も、著者の生存中は、それにふさわしい評価を享受できなかったのであった。」(28〜30頁)「人間は、運に恵まれない人に対して同情はするが、幸運に恵まれつづける者のほうを好むものである。それはなにも、寄らば大樹の陰、などという安易な気持からではない。個人個人は諸々の「神のくだされる試練」と闘う毎日を送っている彼らにしてみれば、それをしないですんでいるらしい「神の愛したもう者」を見るほうが、救われる気分になるからである。ナポレオンは、同程度の才能をもつ将軍が二人いれば、運の強いほうを登用したそうだが、人間がなにかをしようとする場合、いかに優れていても才能だけでは充分でなく、運というものが大きくものを言うことを理解している者は、マインノリティにすぎない。しかし、マジョリティも、人間心理のごく自然な発露としても、運の強い者を好む傾向は共有しているのである。ロレンツォ(・デ・メディチ)は、理想的なリーダーとして、彼らの胸に固定したのであった。」(147頁)

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